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ディスタンス

測れる距離
図れないキョリ
独りでは出会えない
世界との

あわい

Introduction
-公演概要-

【日程】
2020.7.2(Thu)-5(Sun)
日程表
【会場】
Cafe Muriwui
世田谷区祖師谷4-1-22-3F MAP
【構成・演出】
三橋俊平
【共同創作・出演】
岡田智代
細川麻実子
宮脇有紀

Cast
-出演者紹介-

岡田智代プロフィール画像
岡田智代
1956年生まれ。
大学卒業後ダンスから離れ日本航空国際線客室乗務員として勤務。 結婚後三児の母となった後、再び踊り始める。
ソロ活動の他、ジェローム・ベル、多田淳之介、捩子ぴじん、FAIFAI、モモンガ・コンプレックス、 山下残等の作品に出演。
近年は演劇にも幅を拡げ、柴幸男や野上絹代作品に出演。
ヨガインストラクター、アムリタ智代。洗足学園大学非常勤講師。
静謐な時間と炸裂するエネルギーを併せ持つ。生きるように踊る。
Photo by Kazuyuki Matsumoto
細川麻実子プロフィール画像
細川麻実子
加藤みや子ダンススペースメンバー
日常で出会う全てのモノがからだを巡る日々。幼少より加藤みや子に師事、10代より舞踊コンクールやコンペ、 公演に参加。
ベルギー留学後は運営するstudioCOMMUを拠点に、 様々な振付家作品への参加やジャンルの枠を越えて様々なアーティストとの共同制作、 また自主公演も継続して開催。
幼児から高齢者まで幅広い世代と触れ合い、 身体表現・振付指導・高齢者身体機能訓練士など、活動は多岐にわたる。
http://mamikohosokawa.com/
Photo by Kazuyuki Matsumoto
宮脇有紀プロフィール画像
宮脇有紀
幼少時よりクラシックバレエを始める。
16歳でオーストラリアに留学。
帰国後、日本女子体育大学に入学。一度企業に就職した後、国内ダンス留学@神戸6期に参加、 『Accord』を発表。同年、”パブリックスペースでのカラダの記憶と気づき”にフォーカスしソロ作品の創作を開始。 『dräpped into』『A/UN』などを発表。
「M-laboratory」カンパニーメンバー。
鈴木ユキオ、岩渕貞太、太田ゆかり等の作品にダンサーとして参加している。
Photo by camerina

Log
-創作日誌-

※作品のテーマなど創作の内容を深く記述している記事もあります。詳しくはこちら

今回の作品について②

2020.7.6

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本日無事に4回公演終えました。ご来場いただいた皆さま、ありがとうございました。ゲネプロは土砂降り、初日は月の出る夜、2日目は雨、3日目は強風の夕暮れ、千穐楽は西日射す夕方と4公演とも全く異なる顔を見せる公演でした。徹底的に空間を作り込める劇場ではありえないことが「いま」「ここ」でやるパフォーミング・アーツのライブ性をより高めていたように思います。それが良かったのかどうかはわかりませんが、この時期にやる「ライブ」としての価値はありました。

公演も終わったので少しネタバレ的なことにも触れていこうかと思います。おそらく最後の創作ログになるのでは?

今回の作品、「触れる」ということにフォーカスした部分があります。もちろん「距離」というテーマから考えれば当たり前なのかもしれませんが、クリエイションがコロナ禍真っ只中だったということが理由としては大きいかもしれません。今回のコロナ禍でコロナウイルス由来で亡くなる方は「独り」で最後を迎えるということをニュースや志村けんさんの訃報などから想いました。荼毘にふす瞬間にも立ち会えず、次に会う時は既に骨壷。
感染拡大を防ぐために、という理由は正義なようで、とても残酷。リスク回避よりも優先すべきことがあるのではないか?大切な人が亡くなるときにそばにいてあげられないというのはとても辛いことではないのか?命より大事なこととは?このような考えが巡ったのは、緊急事態宣言下の自粛期間中に飼い猫が亡くなったことも関係しているのかもしれません。なんにせよ、この「触れたいのに触れられない」という状況は非常に残酷なのに、すんなりと受け入れられてしまっていることは疑問でした。触れたいのに触れられない、自分が触れることで死を運ぶ感覚…これらはこの4ヶ月弱で非常に強まってしまい、表現にも影響を及ぼすレベルになっています。

もう一つ「触れる」ということに関して。こちらの理由は至極私的なことなのですが、この作品のリハーサルが始まる前に他のリハーサルでリフトワークに失敗し相手に怪我をさせてしまったことがありました。完全に自分の油断が生んだ事故でした。常々身体は暴力的だと思っていたり、コンタクトワークが自分のダンスの基に据えていたにも関わらず、自分の不注意で相手に怪我をさせたのはショックでした。

上記のような理由があって「触れる」ということから改めて始めてみたいという思いがありました。

抽象性の強い作品に対して色々説明していくというのはなんとも無粋とは思いつつも、それがこの創作ログの目的でもあったので書きました。言葉で説明しようと思えば言葉で説明できるかもしれません。しかしそこにはない余白や拡がりを信じ、面白いと思っているから身体表現、ダンスをやっているのです。
言葉で綴り続けた3ヶ月弱のクリエイション。楽しんでいただけたのなら、幸いです。

三橋 俊平

出演者について

2020.7.5

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今回の作品はこちらからオファーして出演していただいているので出演者のことにも触れてみようかと。

この作品自体の構想は2〜3年前からあり、岡田智代さんはその当初からオファーしていた1人でした。当初から世代を超えたメンバーでクリエイションをしたい、という思いはあり真っ先に思い浮かんだ方でした。

アイデアスケッチノートを遡ってみたら、2年前の日付に「ディスタンス」の文字が。出来上がった作品とはテーマは違いますが、当初から「距離」のイメージは変わってなかったようですね。年齢に下線が引いてあるのが…

話が脱線しました。

智代さんと知り合った時期はもはや定かではありませんが、新宅一平さんとのデュオ「連絡船」で観たのが初めてだったような気がします。そのときポツポツと語りながらソロを踊るシーンが印象に残ってます。その後ショーケース的なイベントでご一緒したり、宅飲みしたり、今年2月の智代さんのソロ公演には照明音響オペレーターで関わらせていただいたりしました。
リハーサルでは積極的にウォームアップなど色々提案していただき引っ張っていただいた感があります。作品中では積み上げてきた時間の厚みを感じさせる存在感と智代さん自身のもつポップさが垣間見えるような気がします。


細川麻実子さんも当初からオファーしていた方です。
まみこさんとの初めましては、舞台上で会場の壁をうっかりブチ抜き壁に謝るということをしていました。「わー、スゲー人いるなー」て感じでした。
その後、IntegratedDanceCompany 響-kyoのカンパニーメンバーとしてご一緒することになり英国ツアーにも一緒に行ったりしました。まみこさんの作品にも出演させていただいたり、今回の会場ムリウイ でのまみこさんのソロ公演「silence」では照明オペレーターとしても関わったりと色々とお世話になっています。面倒見のいい姉御感ありながらも突拍子のないことをしたり、作品中に思い出し笑いポイントをどんどん埋め込んだり。作品中でも動物的な先の読めない動きを見せてくれます。


宮脇有紀ちゃんは他2人が決まっている中でオファーさせていただきました。この2人に対してどんな人なら合うだろう?ということと2人とは初めましての人が面白そうと思っていました。太田ゆかりさんのダンスクラスで一緒だったりソロダンスや出演している様子を観たことがあり、感覚的に合いそうだとオファーしました。クリエイションメンバーの中で最年少ながらも積極的に意見を聞かせてくれてありがたかったです。踊りたいお年頃に佇むとかなんてことない動きなどをお願いしていますが、いい味を滲ませています。

いよいよ今日は千穐楽。日々違う顔を見せる空間と出演者、音と光の掛け合わせは劇場では味わえない魅力の一つだと思います。ライブ感を楽しんでいただければ幸いです。

Photo by Kazuyuki Matsumoto

今回の作品について

2020.7.4

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おととい初日を迎え今日から折り返し。昨日までは20時の夜公演でしたが、今日からは17時の公演になります。実際の場所に入ってみることで見えてくること、聞こえてくる音、感じることが多々あり諸々調整しながら本番を迎え、そして実際に観客の方々と出会うことでまた新たな発見があり。パフォーミング・アーツの醍醐味はやはりこのライブ感なのだよなぁ、と改めて感じ入っております。そしてこれは今回の作品をやる上での大きなモチベーションでした。

本番2回を終え、少し時間的な余裕も出てきたので千穐楽に向けて創作ログを更新していきます。開場中お待ちの間のお供として、観劇後のお楽しみに、またご来場いただけなかった方々に作品のお裾分けとして。数日後や数年後に読み返してみるのも面白いかもしれません。

今回は本作品「ディスタンス」について。

大人少年としてのクリエイションはおよそ5年ぶり、間に三橋個人として他の方の作品に出演したりソロ作品を作ったりということはしていましたが、完全オリジナルの新作というかたちでは2014年末の「ダイニング」以来。(前作「出口なし」は元となる戯曲があったため)
当日パンフレットの文章としても寄せさせていただいたのですが、今回のクリエイションを通して「間」という言葉が浮かび上がってきました。
(以下文章の抜粋)


この作品のクリエイションを進めていく中で「間」という言葉が浮かび上がってきました
「間」は様々な読み方ができますが
いずれにしてもそこには一つ以上のモノやコトが想起され
「距離」という感覚に重なっていくようでした

私とあなた、出発地と目的地、始まりから終わり、連続性と分断…

不明瞭で曖昧、それでも確かに存在する「間」


フライヤー等へのコピーとしては「間(あわい)」という読みをあてました。「あわい」という言葉は響きとして知ってはいたのですが、ネットなどで調べてみるとなんとも奥行きのある言葉で。テーマとしてもまさしくのものなんじゃないか?と本格的にクリエイションに入る前に本などで勉強しようと思っていたのですが、コロナ禍という状況もあったり本の在庫が大型書店を回ってみてもないような状態だったので断念。ただこの「あわい」という言葉を自分なりに深めてみようという方針が見えました。

そして実際に6月に入ってクリエイションを始まりました。もともと今回はそれぞれご自身で作品を作るダンサーの方に声をかけていて、共同創作というスタイルにしようと思っていました。クリエイションを進めながらリハーサルも終盤に入った頃、出演者との「間」も面白いものだと感じました。いわゆるトップダウン的に振付を渡して演出していくという形ではなく、お互いに見合ったり意見交換をしながらクリエイションをしていく共同創作。演出家と出演者の「間」がアソビのような、余白のような、バッファのような。フワフワと曖昧なグレーゾーンがあったことでより濃密なクリエイションができたように思えます。

思えば前回作品を作った頃はまだ20代で、色々カッチリ決めたり引っ張っていかなくては!みたいな気負いがあったようにも思います。年齢のせいなのかはわかりませんが、今回は「おまかせ」や決め切らないことを楽しむ余裕があります。会場が劇場ではない、完全に演出しきれない空間だということも大きかったかもしれません。そして「おまかせ」にできるダンサーの方々の存在も大きかったです。

実は今回大筋や大枠、演出のポイントは決めてありますが9割出演者のタスクワークで構成しています。演出家が決め切らない、各自が判断するという「間」が面白いとクリエイションを通して感じられ、また大切なことなのだと思いました。

20200630

2020.6.30

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ついに本日はラストリハ。オンラインでのミーティングを含めると約3ヶ月弱、コロナ禍で状況のなかなか見えない中でのリハーサルでしたが無事に最後までたどり着きました。

今日も細かいところをひたすらに丁寧に。お互いの感覚頼りで作品を作っていくのは再現性という点では非常にリスキーではありながらも、そこから立ち上がってくるものはやはり魅力。なので感覚をすり合わせていくための言語化、イメージ化によって感覚の再現度を高めていきます。

あとは現地入りしてその場から湧くイメージや感覚を作品に取り込み修正し、そして本番で観客の方々とその場で立ち上がる感覚をしっかりと拾っていきます。
明日からの現地入りも楽しみです。

20200629

2020.6.29

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もう明後日は小屋入りです。今週は最後の追い込み。
実際の会場に入ってみないとわからないとは言いつつも、イメージを膨らましてリハーサルを進めます。ちょっとしたことにこだわっているだけに、空間との掛け合わせでも印象が変わるかもしれないなぁと思いながら。

個人的には無音状態でも作品を楽しめてしまうので音の扱いはギリギリまで悩みどころです。音に合わせてシーンを構成しているわけでもないので余計に。
そんなこと気にせずに無音なら無音で貫いたらいいじゃないか、とも思うのですが観客の立場になった時の音の有り無しによる緊張感や集中力なども含めて設計していきたいというのはこだわりです。
ダンスと音楽(音)との関わりは非常に濃く、重要です。だからこそ安易に無音になりたくないとも思っています。作品の中ではどうしても視覚優位になりがちですが、感覚の一つとして聴覚情報がどのように働くかは最後までこだわります。

残るリハは明日のみ。
そんな状況ですが、やっとみんなで決起集会というか飲みにいけました。コロナ禍という状況もありなかなか飲みにいくのも憚られますが…

このような状況下で不安な日々ですし、人によっては不謹慎な!とお思いになるかもしれません。しかしながら「集まる」ということがそもそもどんなことだったかな、ということにも想いを馳せています。人類の歴史上今回のような事態は多々あったことでしょうけど、上演文化は現在まで生き延びてきています。今と昔でなにが違うかと考えてみると「文化への飢え」というものだと思います。いまならYoutubeもあるし、音楽もサブスクリプションですぐ聴ける。「飢え」をすぐ満たすこともできるし、簡単にとって替わりきっと慣れて親しんでいくことでしょう。

それが良いのか悪いのか、正直わかりません。
新しい生活様式に次ぐ、新しい文化様式なのかもしれません。

ただ少し立ち止まって考えてみたい部分ではあります。三密を避けた表現を呼びかけるガイドラインや空気感染するかのごとく不安と排他を煽る現状に。自分で考えて判断するっていうのは正直とても疲れることだけど、やれる機会があるのならやってやれ。そんな精神でやっております。
ウイルスを軽んじるわけでも怖がりすぎるでもなく。

こちらでのご紹介が遅くなりましたが、リハーサル動画を元にトレイラーを作成しました。作品の空気感が少しでもおすそ分けできれば。

おまけ

店員さんからおでんの説明を真剣に聞く智代さんとまみこさん。

20200627

2020.6.27

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本番を来週に控え、追い込み稽古。

まずは智代さん主導でみんなコモドドラゴンになりました。ウォームアップです。股関節周りの可動域を拡げながら全身を動かします。

リハーサル自体は通しの映像を見た感想などをみんなでフィードバックしながらどのような修正をしていくかを考えます。単独のシーンでは腑に落ちるところも繋げてみると腑に落ちない部分があったり、出演者だけでなく音との兼ね合いなど試しながら改善していきます。動きとしての振付よりもニュアンスや感覚に重きを置いた作品なのでちょっとしたことで色々な見え方をしてしまうのは面白い部分でもあり、恐ろしい部分でもあります。

会場に入らないと見えてこない部分は想像や想定でリハーサルを進めますが、やはりそこは会場に入らないと未知数な部分。劇場のように作品のために特化された空間とはまた違った面白さでありながら稽古場では詰め切れない部分でもあります。とはいえどんなに準備しても本番まで何が起こるかはわからない、それは上演芸術、パフォーミング・アーツである以上避けては通れないものですよね。

そこがやはり面白いと思うのです。

20200623

2020.6.23

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もう来週は小屋入り本番、連日リハでは通しをして全体の雰囲気を捉え調整をしていきます。

なにやら神妙な面持ちで儀式的な写真ですが。今日は智代さんのナビゲートで五体投地をやりました。以前紹介した沖ヨガの一種だそうで、元々は仏教における礼拝方法だそうです。年末には108回やるのだとか…

そしてお気付きの方がいるかはわかりませんが、いつもと服装の雰囲気が違います。実は本日衣裳合わせを。衣裳選びは難しいですね。自分が他の方の作品に出演するときも自前でのスタイリングは難航します。全体との色のバランスやシルエット、作品自体とのマッチング、稽古着っぽくなりすぎないよう且つ素敵な感じに、など気にかけるポイントは多々。劇場でない空間でハレの衣裳過ぎるというのもまた違和感にも感じてしまいますし…悩みながらも一先ずコーディネートをし、あとは現地に入り修正します。

作品自体のクリエイションは終盤部分を残すのみとなり、今日は集中的にそこを試行錯誤。どのぐらいの時間相手を見るか、立っているのか座っているのか、動きのニュアンスなど細かい部分を丁寧に積み上げていきます。

残り少ないリハーサルですが楽しみつつ丁寧に。

20200622

2020.6.22

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急に冷え込み、梅雨寒。コロナウイルスへの警戒も必要ですが、日々の気候変動で体調を崩さないようにしないと思いながら、もう来週には小屋入り。実際の空間をイメージし想定しながら、細かい修正を重ねていきます。

見る見ないという視線の話から智代さんの習っている地唄舞の話に。地唄舞の視線の使い方と他のアジアの踊りの視線の使い方、西洋の踊りとの違いなどを考え比較してみたり。ただ淡々と本番に向けてのリハーサルを重ねるだけでなく、ある種の脱線を重ねることでお互いに興味や思考を交換できる感覚があります。それは直接的には本番には関係しないかもしれませんが、この「間」の時間が舞台上で共に立つ時に色淡くとも立ち上ったりするといいなぁと思います。「間」にあるもの、コロナ禍の効率化されたオンライン生活ではこぼれ落ちてしまいがちなものではないでしょうか。

個々のシーンを返しながらもやはりシーン同士が連なっていく、積み上げていく時間の力は強力なもので。抜き稽古ではフワッとしがちなところも通すことで強度が増す感じは面白いものです。シーン単体よりも通して感覚されるものを磨いています。

リハ後半は作品終盤の構成アイデアを共有。モヤモヤと独りで考えているとなかなか突破口は見つからないものですが、みんなに相談することで頭でっかちになっていたことがシンプルに溶けたり良いカタチで組み上がったり。共同でクリエイションする醍醐味です、まさに。

20200616

2020.6.16

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2日連続でリハーサル。自粛明けの様子が見えなかったので恐る恐るとリハスケジュールを組んだ部分もありリハーサルの回数は限られていますが、一つ一つ丁寧に。

丹田や頭への意識の置き方による身体の変化や身体の一部に集中することで緩む全身、重心のコントロールなど今日もウォームアップとしてそれぞれのワークを交換。

早くも空間の寸法を取り実際の空間を意識しながら組み立てます。今日は今まで作ったところを修正して通してみました。シーンとしてつなげていくことで感じることや細かいニュアンスなども確認。華美なダンス作品というよりも静かなダンスシアター的な作品になりそうです。
会場が劇場ではなく、開放感のある強い空間なので空間との掛け合わせも楽しみにしながら色々企んでいます。

20200615

2020.6.15

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今日から普段利用している公共施設も使えるようになりました。新しい生活様式に違和感はありつつも慣れていくのだろうとも思いつつ、過度な潔癖も恐ろしいものだと思っています。

潔癖と過度な排他は紙一重な感覚があります。コロナウイルスだってマダニだってアメンボだって生きている。この感覚は大事にしていきたいです。

話が脱線しました。

今日も引き続き色々お互いに見ながら試行を繰り返し、徐々に大枠を固めていきます。動きの質感や視線、意識など振付という形に落とし込まれていないちょっとしたことが大きく印象に作用する難しさ。緊密な空間だからこそちょっとしたことが気になるし、表現に影響を与えてきます。大劇場と小劇場で同じことができるわけではなく、伝わり方も伝わるものも違う。どちらが良い悪いではなくそれぞれの魅力があり、これも「距離」の為せることだと思います。

リハ解散後、自分は自転車なので一人別方向で帰りましたら電車で来ていた出演者はみんなで飲みに行ったようです。

いいなーずるいなー

羨ましくありつつも出演者だけでも飲みにいくというのは良いなぁと思います。

ビールが美味しい季節ですよね。
いいなー
次回は混ぜてもらおう笑

演出家は家で作業と準備を。

さてこれはなんの準備でしょう?明日のリハで試してみます。

20200609

2020.6.9

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稽古場に着いたらまず手洗いうがいをし、アルコール手指消毒液も用意して対策を講じながらリハーサルをしています。外から帰ってきたら手洗いうがいをしなさい、そんなことは子どもの頃から散々言われてきたことですが外出先ではついつい忘れていたものだとこのコロナ禍で感じさせられます。過剰に怖がりすぎるのも精神衛生上よろしくもないので、適度に怖がりながら慢心せず。

今まで作品を作るときは自分の身体の使い方を共通言語として使っていたので一緒にウォーミングアップをしていたのですが、今回に関しては共通言語を作るというよりも各々の身体言語に基づいて一緒に作品を作るのも面白いと思っており各自任せのウォーミングアップに。
と思ってましたが、持ち回りでウォーミングアップを担当してみようという展開に。
今日は智代さんによるヨガの呼吸法から始まりました。

智代さんのヨガは沖ヨガがベースだそうです。個人的には初耳。ヨガ、いろんな種類ありますよね。

NPO法人 沖ヨガ協会
http://okiyoga.com

振付で動きを作っていくシーンよりもどのような感覚を得るか与えるか、ということに重きを置いたシーンが多い今回。ただやるだけでなく、お互いに見合ったりもしながら感覚を共有していきます。

公演の日程も決まりました!
過密を避けるため定員の半分を上限とした席のご用意になりますこと、ご了承ください。安全に配慮しながら、やはりパフォーミング・アーツはライブで場を共有することで魅力が最大限に発揮されると信じています。

  • 2日(木) 20:00
  • 3日(金) 20:00
  • 4日(土) 17:00
  • 5日(日) 17:00
  • ※開場、受付開始は開演20分前

20200602

2020.6.2

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今日から本格的にリハがスタートしました。
オンラインミーティングで出していた宿題を発表してもらったり、色々とワークを試しながらシーンのイメージを共有していきます。同じ空間に生身の身体がある、コロナ禍以前は当たり前のように思えていたことへの価値は改めて感じさせられます。身体から発せられるエネルギーだけでも見飽きることがなく、今までの感覚とはまた違った、忘れていたような感覚が湧いてきます。

粗削りとはいえ色々なアイデアを試すことができ、これから詰めながら磨いていく作業が楽しみです。時間との戦いで焦る部分もありますが、まだ本番までは1ヶ月。これまで積み上げてきている時間もあるので落ち着いて良いものを目指していきます。

20200601

2020.6.1

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今日から6月。本格的にリハーサルもスタートです!
…と言いたいところですが、稽古場である施設がまだコロナの影響で休館していまして、どうしようか…と前回のオンラインミーティングで相談し、お散歩しようということになり代々木公園で夜のピクニック、お散歩をしました。

夜のピクニックなのでもちろんアルコール可です。まみこさんが持っているのは手指除菌用のアルコール。オンラインでは何度も会っていても初めましてだったり、久しぶりだったりと不思議な感覚でした。
雨が降ったり止んだりする中、いい歳した大人が公園で飲みながら雑談しているというのは外から見たらなんとも不思議な光景ですが、それも含めて楽しかったです。

ひとしきり歓談したのちは園内を散策。
ちょうど雨も止み、静かな公園の中を歩きました。目的なく歩いていたらバラ園を発見、雨上がりのしずる感や水滴がキレイと撮影会に。

ソーシャル・ディスタンス。

オンラインで何度もミーティングをしているのにやはり直に会うということや人が「集まる」という価値はコロナ禍において格段に変化した、というのは思っていた以上のものでした。公演を行う、ということ以上にもっと根本的な「集まる」ということやその価値も考えていきたいです。
想定外の状況でままならぬことも多いですが、その一方で生まれてくる感覚を大切にクリエイションに励みます。

20200526

2020.5.26

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昨日非常事態宣言が解除されました。
とはいえ油断は大敵。焦る気持ちもありますが、怖がり過ぎず慎重に動き出そうということで本日もオンラインでのミーティングです。

昨日会場としてお借りするCafe MURIWUIからイベント再開に関するステートメントが公開されました。

ご来場いただく方々に納得行く形で参加できる様、引き続き相談を重ねながら7月の公演に向けて準備していきます。

オンラインでのリハーサルはやはり基本は雑談です。
国際電話の話から人と待ち合わせること、会うことの時代に伴う変化など雑談でありながら作品にも繋がる部分があり面白いです。作品で使ってみたい要素をオンラインでも試せるのか?ということもやってみました。

いよいよ6月から本格的に動きだします。楽しみです!

表現の自由と表現の「自粛」

2020.5.23

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非常事態宣言宣言発令から早1ヶ月、総理からイベント等の自粛要請が出されてから早3ヶ月弱。まもなく非常事態宣言が解除されそうではありますが、個人的には表現の世界への暗澹たる思いがあります。コロナ禍を経てソーシャル・ディスタンス(フィジカル・ディスタンス)や三密といった言葉が生まれ浸透していきましたが、これらが表現としての足かせになっていくしまうかもしれない様な感覚があります。

劇場などのガイドライン都主導のアーティスト支援プログラムの対象作品条件などを見ていると、表現の自由ということを考えさせられます。コロナ以降はコロナ以前の様な表現は避けるべきなのか、自粛するべきなのか。
例えば残虐なシーンのある映画も今まであったわけですが、それが果たしてその様な行為を助長していたと言えるのか?それと同様に身体的密着度の高い映像やいわゆる三密と呼ばれる様な表現が感染拡大を助長していると捉えるのか?
昨年のあいちトリエンナーレでは表現の自由ということが議論に上がったように、表現の自由という観点は表現者にとっては殊更、もちろん鑑賞者にとっても大事なことのはずなのに、このコロナ禍で起きている表現に対しての「自粛」ということをアーティストがあまりにも無自覚に受け入れすぎてはいないでしょうか?

表現は時に人を傷つけるもので、必ずしも受け入れらるものとは限りません。その中で表現者は表現する責任を負ってそれでも表現するかどうかはその手に委ねられている、表現の自由とはその様なものだと思っています。

感染拡大防止のため〜〜な表現は避けてください。
この状況下においてすんなりと受け入れてしまうことのできる文言だと思います。しかしながらそこにある表現の「自粛」ということに無自覚であると、どんどんと表現は死に向かっていくのではなかろうかと危惧しています。
このことを足がかりに〜〜な表現を含んでいるものには助成金は出せません、などということが起こっていく可能性も無いとは言えません。

そんなことは誇大な妄想だ、と言えるかもしれません。
しかし今の表現の「自粛」への無自覚さには危機感を覚えずにいられません。

これ創作ログと関係ないんじゃない?と思いますが、今このコロナ禍でクリエイションを進める中で感じた感覚として記しておきたいと思います。

たかが「自粛」です。自由を守るために自覚的でありたいです。

20200519

2020.5.19

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絶賛緊急事態宣言下のため、今日もオンラインでのミーティングでした。基本はいつものように雑談ですが、今日はブレインストーミングもやりました。前回の雑談の中で面白いな、と興味を持った単語に関して。
クリエイションにとって想定外のコロナ禍なので影響されすぎない様に意識していたのですが、コロナ禍で湧いた新たな感覚やイメージを反映させない手は無いと思い、むしろ取り込んでいってみようと思いました。元からある「距離」というテーマが膨らんで今自分が興味を持っている違うところへ着地できそうな気がしています。

先週の宿題も無事にそれぞれの手元に届いた様です。演出家の与り知らぬところで物事が進んでいるというのも面白く、実際に対面でのリハーサル日が楽しみです。

「観客」について

2020.5.15

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コロナ禍が始まって、色々と日々考える中で今後の上演芸術における観客の在り方というのは大きく変わるのだろうな、と思いました。劇場内では新たにガイドラインが設けられ、ソーシャルディスタンスを守るとこのようになるそうです。正直個人的にはバカらしいしナンセンスだな、と思ってしまいます。
基本静かに横並びで観賞する劇場の形式で、そこまでやらなくてはいけないのでしょうか。もちろん感染リスクは最小限に抑える努力をするべきですが、過度にウイルスに怖がりすぎてしまうのは考えものではないかと思います。怖がり始めたら観劇中に災害に見舞われることもあるわけですし、劇場への移動中に事故に遭う可能性だってあるわけです。
今回のコロナ禍にて不安や自粛要請という不可解なものであぶり出された、ゼロリスクを取ってしまう態度というのは向き合うべきものだと思います。

とはいえ、公演を主催する身としては観客の方々のことは最大限考慮しなくてはいけません。客席数を最大客席数に対していくつに設定するのか、どのくらいなら不安も少なく、かつ観劇体験として充実したものになるのか。もちろん上演する身としては収支なども考慮しなくてはいけませんし…いやはやなんとも悩みどころです。「観に行きたいけど、密な空間には行きたくない」など、この現状に対してそれぞれ抱えている不安の強さというのは異なるでしょうし。ならオンライン配信もするか?ということも考えますが、上演芸術に関わる身としては躊躇する感覚もあります。そもそもオンラインにどのレベルのもの(ex.画質、カメラワーク、回線状況)を求めるのか、なども含めて。

主催側で色々と考慮設定した上で観客としてどう判断するか、そのことがコロナ禍以前よりも問われていくような気がしています。どんなに配慮されていても絶対の安全はあり得ない中で、各々が責任を負って自由に判断すること。言われてみれば当たり前で素晴らしいことなのかもしれませんが、そのことに慣れていない身としては戸惑いもあります。

舞台は観客との「共犯関係」の上に成り立ちます。上演中に観客がスマホを操作したり大きな声でおしゃべりしたりすることで一気に舞台の力は弱まってしまいます。オンライン配信ではスマホ片手にポテトチップスを食べながら観賞、ということもできるでしょう。途中で再生を一時停止して、トイレに行くこともできます。しかし劇場の、客席に身を置くとなるとその様にはいきません。コロナ禍においてオンラインで色々と享受することに慣てしまった今、他人と一緒に集まって一つのことを体験する。そのことへの飢えもあるでしょうし、不自由さや不安を感じるかもしれません。これからも、これまで以上に「共犯関係」で舞台を立ち上げていきたいです。

20200512

2020.5.12

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ゴールデンウィークも「STAY HOME週間」となり、緊急事態宣言も4月5月をまたいで延長となりました。それに伴い今回もオンラインでのミーティングです。
前代未聞の状況下でどのようにリハーサルを続けていくことは試行錯誤の連続ですが、オンラインならではの要素の積み上げや発見があります。

例えばオンラインの特性とはなんだろうか?ということ。
オンラインでは基本的に雑味の取り除かれた「情報」のやりとりになると感じています。対面でのやりとりではその人の感じている緊張感や空気感など計量化できないノイズのようなもの、いわゆる「空気」と呼ばれるものも伝わってきます。そこには言葉や見た目以上に豊かな情報を含んでおり、それらがそぎ落とされた時に残る情報とはどのようなものかは興味深いです。
他にもそぎ落とされるものとして興味深いのは「過程」です。これはこの作品のリハーサルではなく俳優の方々と行なっている戯曲を読んだりする稽古会があり、そこでの発見なのですが、オンラインには行き帰りの「過程」がない、という発見。スマホやタブレット、パソコンの電源を入れてブラウザやアプリを起動すればすぐに「場」へアクセスできる。普段なら稽古場までの道すがら電車に乗ったり自転車で移動したり、その「過程」にも自転車では走っていて風が気持ち良いことや、満員電車で不快な思いをしたり稽古の内容を振り返ったり、実はいろいろなことが起きているということは再発見でした。それらも含めての出来事だということ。

リハーサルの内容としては基本的には雑談です。
外出自粛期間どのように過ごしているか、どのようなことを感じているか。またこの状況下で公演をすること自体が設定したテーマとは別に、図らずもメッセージ性を帯びてしまうこと、など。
雑談の中からポロポロと作品のヒントがこぼれ出てくるのは面白いです。

雑談ばかりではなく、創作の宿題も出させてもらっています。
おそらくリハーサルができるようになった時にその場で振付などの要素を考えてもらう時間はあまり取れないと思うので、今のうちに個人で作れるところは考えてもらおうという目論見、です。

宿題の内容に関しては、次ページに。

20200429

2020.4.29

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2度目のリハーサルもオンラインでのミーティング。出口の見えない緊急事態宣言下における外出自粛要請にヤキモキしながらもやれることは積み上げていこう、と前向きに。

オンラインなので身体を動かすということはせずに雑談をメインに。この日はブレインストーミングをしました。ある言葉から連想される言葉をどんどん出していく、という作業。

ネタバレを含む、かも?現時点ではわかりません…

それぞれの持つ言葉へのイメージの違い、言葉の音としてのイメージと文字としてのイメージの違いなど面白い発想が出てきました。独りで頭の中で考えていては出てこないような広がりが出てくる、共同創作の面白いところですね。
創るという作業は独りでも出来なくはないですが、他者と関わることで生まれるモノというのはやはり面白く、マイペースな自分が共同作業としての作品作りに魅力を感じる理由なのだと思います。

「距離」というテーマ

2020.4.25

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今回の公演「ディスタンス」はタイトル通り「距離」をテーマにした作品です。図らずもコロナ禍が始まりそのものズバリなテーマになってしまいました…作品自体の構想は2〜3年前からあり創作の機会を窺っていましたが、出演者の予定などが折り合わず今回まで持ち越されてきました。

今回その「距離」というテーマについて触れていきたいと思います。

個人的な傾向として作品を作るときにまずタイトルから考えるというものがあります。この作品に関してもタイトルとともにテーマが決まりました。
「距離」は英語で言えばdistanceなのですが、英語タイトルではなく「ディスタンス」
それは「距離」というテーマを据える上でいくつか考えたことがあったからです。

  • 物理的距離…長さ
  • 精神的距離…親密さ、慣れ
  • 時間的距離…過去、未来

一口に「距離」と言っても様々なイメージを持っており、それらを複合的なものとして捉えてみたいという想いがあり「ディスタンス」というカタカナ表記のタイトルとなりました。
また「距離」を創作上のテーマ、モチーフとして置くと同時にその「距離」ということを創作上のルールとして扱うことができたら面白いな、という想いが生まれました。

今まで大人少年の公演では自分自身も出演しながら演出するという形で創作をしてきましたが、今回は出演せずに演出に徹するということにしました。
それは作品との「距離」を置くということ。
出演するという形の当事者性は非常に作品と近い位置にありながら同時に全体を捉える難しさがあり、出演しないということで作品を俯瞰しやすくなるはず。距離を置くことで全体像を見ることができる、結果的に作品と密に向かい合うことができる。それがどこか逆説的な感じもあり面白そうだと思い、今回出演しないという方針にしました。

そして出演者に関して。
出演者をオファーする上でも「距離」ということをルールにしてみました。
自分と身体的に異なる存在、女性のみにしました。また同じ性別でありながら時間的距離、つまり年齢差があるということ。ダンスの創作現場では幅広い年齢層で構成されることは稀なように思っています。あったとしても振付家とダンサーという関係であったり。ダンサー同士で年齢の差があるということは身体を表現媒体として扱うダンスでは経験の差、体力などの差として如実に現れがちです。でもそれが良い方向での化学反応を引き起こしてくれたらいいな、と思い今回のキャスティングとなりました。

「はじめに」という投稿で触れてもいますが、この創作ログも「距離」ということへの試みです。今回自分が出演しないということもあって文章として創作過程を残すことができそうだと思い、取り組んでいます。まだ本格的にリハーサルが始まっていないのでそんな余裕残るのかは甚だ疑問ではありますが…笑
頑張ってみます。

20200421

2020.4.21

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コロナウイルスによる自粛要請のあおりを受け稽古場の確保も難しく、初回稽古顔合わせはオンラインにて行いました。

それぞれの近況、自己紹介、今回の作品のテーマなどを話しました。
劇場での公演がことごとく中止延期になる中、今回劇場ではない空間での上演、公的な後ろ楯のない自主公演であることを最大限に活かした公演にしていこう!ということを確認しました。

20200421

はじめに

2020.4.15

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今回新作公演「ディスタンス」を創作上演するうえでいくつかやってみたいことがあり、その一つがこの創作ログです。

しばしばダンス公演、ダンス作品には「わからなかった」という声をいただきます。例えば1曲をフルで踊りきるような作品はダンス自体の爽快感、音楽との親和性などストレートに感覚的に楽しめるかと思います。
しかし劇場で上演される長尺のダンス作品、とくにいわゆるコンテンポラリー・ダンスの作品は必ずしも音楽を伴うわけでもなく、照明が暗くて見えづらかったりとか、より抽象的で、コンセプチュアルなものだったり背景にある文脈に強く紐づいていたりしており、一歩踏み外すと「?」を抱えたまま終演を迎えてしまうことが少なくありません。
もちろん帰り道に振り返ってみたり、時間を経ることで見えてくることがあることもありますが、とはいえモヤモヤとしたまま劇場を後にする経験がある方は多いと思います。私もあります…笑
「好きなように見ていいんですよ」ともよく言われたりもしますが、好きに見るというのはなかなか経験の必要なことなのだとも思います。

美術館などに行った時、キャプションを読んだりオーディオガイドを使って作品鑑賞をすると作品体験が変わるという経験をしたことがないでしょうか?もしくは観光地や近所の史跡のモニュメントの説明文や歴史を知ることで見え方や感じ方が変わるという経験。作品や物事に流れる背景を知ることで、良くも悪くも見え方というものは大きく変わります。

ダンス作品が抱えがちな「わからなさ」
それを似たようなことで解消できないだろうか?その試みとしての創作ログです。

この創作ログでは日々のリハーサルの様子のみならず、作品創作のヒントにしたモチーフやテーマについても触れていきます。それらを読むことで作品見るうえでの手助けになれば良いなと思っています。もちろん余計な事前知識なく作品を楽しみたい方もいることでしょう。なので、ご自身の判断で作品との「距離」を調整して鑑賞していただければ、と思います。もちろん作品を見終わった後に読んでみるのも面白いかもしれません。またこの状況下でクリエイションを行うことの備忘録としても残したいと思っています。
作品体験のスパイスとしてお使いいただければ幸いです。

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【日程】
日程表
  • ※過密な空間を避けるため、各回通常の定員の半分15席を上限とします
  • ※開場、受付開始は開演の20分前です
【料金】
3,000円+1drink(要予約)

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